従業員数が50人に達することは、企業の成長の証であると同時に、法的義務の節目でもあります。多くの中小企業にとって「従業員50人の壁」は大きな分岐点であり、ここを超えることで新たな労働安全衛生に関する義務が発生します。本記事では、従業員が50人を超えたときに企業が対応すべき主な法的義務とその実務上のポイントを整理して解説します。
従業員50人以上で発生する5つの義務
- 産業医の選任
- 衛生管理者の選任
- ストレスチェックの実施
- 衛生委員会の設置
- 定期健康診断結果報告書の提出
1.産業医の選任
常時50人以上の労働者を使用する事業場では「産業医」の選任が義務付けられることとなります(労働安全衛生法第13条)。産業医は、労働者の健康管理や職場環境改善について医学的見地から助言・指導を行う専門家です。選任後14日以内に「産業医選任報告書」を所轄労働基準監督署へ提出しなければなりません。

50人を超えたばかりの企業であれば産業医を雇用するのではなく「嘱託」産業医として外注、顧問契約とすることが大半です
常勤として「専属産業医」を雇用する必要があるのは従業員が1,000名を超えた場合です(業種によっては500名)。従業員数による産業の選任の人数に関しては以下のようになります。
常時使用する従業員の数 | 産業医の人数 | 専属産業医の選任 |
---|---|---|
50人未満 | 選任義務なし | ✕ |
50人~499人 | 1人 | ✕ |
500人~999人 | 1人 | △(業種による) |
1,000人~3,000人 | 1人 | 必要 1人 |
3,001人以上 | 2人 | 必要 2人 |
産業医の主な業務内容として
- 月1回以上の職場巡視
- 健康診断の結果確認と意見書作成
- 長時間労働者への面接指導
- ストレスチェック高ストレス者への面接指導
- 休職・復職時の就業判定
- 衛生委員会出席と医学的助言
- 職場環境(照明、換気、温湿度、人間関係など)への改善提案
などが挙げられます。実務上の注意点としては、選任しただけでなく、業務実施の実績(記録)が必要 です。
産業医の選任は法律的な義務の部分もありますが、産業医を選任することで、労働者の健康管理に役立ち、職場の健康意識が向上することで 健康で活力ある職場づくりに大きく役立ちます。
産業医をどのように探すかに関してはこちらの記事をご覧ください。
2.衛生管理者の選任
50名を超えると、「衛生管理者」を選任しなければなりません(労働安全衛生法第12条)。衛生管理者は国家資格であり事業場の衛生状態を管理し、労働者の健康障害を防止する専門家です。第一種衛生管理者と第二種衛生管理者がおり、第一種であれば全ての業種で業務に従事可能、有害業務と関連の低い業種であれば第二種でも可能です。
第一種の設置が必要な業種は、農林水産業・鉱業・建設業・電気ガス水道業・熱供給業・運送業・自動車整備業・機械修理業・医療業・清掃業です。
引用元:厚生労働省ホームページ 衛生管理者について教えてください https://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/faq/5.html
これらの業種に該当しなければ第二種衛生管理者でも選任が可能となります。
必要となる衛生管理者数は以下の通りです。
労働者数 | 必要な衛生管理者数 |
---|---|
50人以上200人以下 | 1人 |
200人超500人以下 | 2人 |
500人超1,000人以下 | 3人 |
1,000人超2,000人以下 | 4人 |
2,000人超3,000人以下 | 5人 |
3,000人超 | 6人 |
衛生管理者の主な業務内容としては
- 職場の作業環境(温湿度、照明、換気など)の管理
- 労働者の健康障害防止措置
- 作業場巡視と改善提案
- 衛生委員会への参加
などが挙げられます。選任後14日以内に労働基準監督署へ届け出が必要です。

衛生管理者は基本的には社内で選任するケースが多く、資格を持っていなければ新たに受験が必要になります
新たに選任する場合は、衛生管理者の資格を持っている従業員がいるか確認します。資格を持っている者がおらず、選任に時間がかかってしまう場合は管轄の労働基準監督署へご相談されると良いと思います。一定期間選任が免除されることもあるそうです。
3.ストレスチェックの実施
労働安全衛生法第66条の10により、従業員50人以上の事業場では、年1回のストレスチェックの実施が義務づけられています。(※今後、従業員50名以下の事業所であってもストレスチェックが義務化されます)
【概要】 ・対象:常時使用する労働者 ・実施者:医師、保健師等 ・方法:57項目の質問票(職業性ストレス簡易調査票)など ・頻度:年1回
【実施の流れ】
- 実施者(産業医など)によるチェック
- 労働者本人への結果通知
- 高ストレス者の申出に基づく医師面接
- 医師意見に基づく就業措置の検討
【注意点】 ・結果は個人情報として厳重管理 ・面接指導申出があった場合は対応義務あり ・産業医との連携体制整備が重要
4.衛生委員会の設置
労働安全衛生法第18条により、常時50人以上の労働者を使用する事業場では「衛生委員会」の設置が必要です。
【構成】 ・事業者またはその指名者 ・産業医 ・衛生管理者 ・労働者代表(過半数代表者) ・必要に応じて人事や総務担当など
【開催要件】 ・毎月1回以上の開催 ・議事録作成と3年間の保存
【審議内容例】 ・健康診断結果とその対応 ・作業環境管理 ・メンタルヘルス対策 ・長時間労働への対応
【ポイント】 ・産業医が出席し、意見を述べていることが必要 ・議事録には出席者の職名、審議事項、産業医意見の要点を明記
5.定期健康診断結果報告書の提出
労働安全衛生規則第52条の4により、定期健康診断を実施した事業場では、常時使用する労働者が50人以上の場合、「定期健康診断結果報告書」の提出義務が生じます。
【概要】 ・対象:年1回の定期健康診断対象者 ・報告書:様式第6号に基づく報告書 ・提出先:所轄の労働基準監督署 ・提出期限:毎年6月30日まで
【注意点】 ・健診結果は産業医が確認・評価し、必要に応じて就業措置 ・報告書は法定項目(視力、血圧、血液検査等)のみ対象
【まとめ:企業としての対応スケジュール】
- 従業員数が50人に到達する見込みが立った段階で、早めに産業医・衛生管理者の確保を開始する
- 契約・選任後、速やかに労働基準監督署への届出を行う
- 衛生委員会の設置とストレスチェック制度の導入準備を進める
- 年度内に健康診断を実施し、翌年6月末までに結果報告書を提出
法的義務を怠ると、罰金や是正勧告の対象となるだけでなく、労働者の信頼低下にもつながります。事前に準備を整えることで、企業としての信頼性と持続的成長を両立させることができます。